emmaus.hatenablog.jp

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

有田・西山のコーヒーカップ

何気にとり出したコーヒーカップ。もう四十数年の歳月が経っている。江戸川の平井の時代、よくかよった可否茶舗 儚夢亭の店主Mさんからぼくの転任祝いに譲ってくれた有田西山の小ぶりなコーヒーカップ。まだあの頃は宝飾の仕事をやっている頃で、その腕が半…

フェイスブックを離陸してから

"); document.write(count2); document.write("日"); document.write("が経過しました。"); //--> クマのプーさんは、昼前のちょっとした時間が好きだ。というか、昼前に何かちょっとひと口つまむのが好きなんだ。 JavaScriptで遊ぶのも昼前のちょっとした時…

プー!もうすぐ11時。

window.alert('「プー!もうすぐ十一時だ。ちょうどうまく何かちょっとひと口つまむ時間にきたんだよ。」') クマのプーさんは、昼前のちょっとした時間が好きだ。JavaScriptで遊ぶのも昼前が好き。

ホット・ソイココアで「虔十公園林」

世界は堅い。私たちはその堅いものを噛まねばならない。現実は確かにそのように思う。しかし、その世界に対して強い力だけに支えられて私たちは生きてないようです。実際はそうではないものによって支えられていることが少なからずあります。たとえば昨日、…

虚室に白を生ず -想像をこえて-

先ごろの台風の爪痕は凄まじいもので、通常の想像をはるかにこえていた。昨日近くの多摩川の河川敷を歩いたが河川敷の土が50メートルにも流水で深く抉られていたを目のあたりにした。だが、もう流木もすっかり片付けられ川岸には子供たちののどかで明るい声…

ストレスのある局面 柔らかな感性

このところ、テニスUSオープンをTV観戦している。スポーツは勝つか負けるかの結果がはっきりしている。人間の行う社会行動の情動に主眼を置いても、戦いを見るという意味では大変興味深い。だが、やはりスポーツと戦争は違う。さらに、幸いと喜びは同じとこ…

えんどう豆のさやを剥きながら

梅雨にしては晴れ間が続いている。友人らと音楽の話しをしていた。どういう話の流れだっただろうか、「人生の最後に聴きたい曲は何か」という話題に行き着いた。人生の最後という言葉が日常を超えたフレームとして際立っていたが、居合わせたものはそれぞれ…

これもありだね 音楽ののりしろ

三日前の夜だったか、ふとiTunesコントロールを開いて、シャッフル・オンにし、リピートをすべてにした。シャッフルだから普段は聴かない曲がながれてきたが、しかし、これらはかつて一つひとつ自分がダウンロードした曲だ。謂わば、偶然は必然の結果だとい…

イクラと雲丹とモーツァルト

手をついて見よとや露の石ぼとけ (安東次男) 音と音楽の追想 河岸を歩いてみた。水が少ない。とどこおることない川瀬の音。その音が遠く対岸を過ぎ行く車の音に重なる。 道が河岸から逸れたので草叢に入る。一歩ごと草をかき分ける音がかえって静けさをま…

他者とともに

花が咲いている すぐ近くまで 虻の姿をした他者が 光をまとって飛んできている 私も あるとき 誰のための虻だっただろう あなたも あるとき 私のための風だったかもしれない 吉野弘

ふたたびクマのプーさん展へ

渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムでやっている「クマのプーさん展」にまた行ってきた。 東京の展覧会閉幕まであと4日。来場者多さにびっくり。はじめは二月、今回で二度目。うれしさが初めの時の倍いじょう1。 見どころは原画 童話「クマのプーさん」、プー…

くろとメリーとラリーのこと

さまざまなものは変わってゆくが、いくつになっても思い出すのは、ウチにいた犬のくろとメリーとラリーのこと。 くろは、幼い頃のぼくのともだち、茣蓙を敷いた日向でよくいっしょに寝た雑魚寝の友。毛足の短い真っ黒の雑種。ぼくが生まれる前からすでにウチ…

白い退屈

小人閑居して不善をなす 差し当たりやることがない。でも時間がある。以前ならジョギング。しかし、今の体ではそれはできない。所在なく時間を埋める。またこれも有だ、今日の三じのお茶はお団子にしようかと思ってみた。 退屈のおそれ ぼくは子供の頃はのん…

遠くから近くから

世界の集落調査 建築家である原広司には部分が全体を超える1という強い確信があるようだ。そのライフワークである世界の集落調査をとおして受けた空間デザインに関する教えには教条的なものがないので、受け手のぼくらは建築という専門分野をこえて既成の枠…

エザイアス・ロイスナーを聴きながら

冬のあいだは見えていた多摩や丹沢の山並みが春霞で見えなくなってきた。しかし、見え始めたものもある。近くにある林床に咲く菫だ。その蕾が開き始めた。 朝の空気ははつらつとして、まだ寒さの残るこの頃である。 探しものをしていて家の奥の部屋の引き戸…

柚子大根

太く真っ白な大根がスーパーに並んでいた。その瑞々しさは糖をたっぷり含んだ甘さのある冬の大根そのもの。柚子がまだ冷凍庫にたくさんあるのを思い出し、これだと、柚子大根をつくることにした。 大根 人参 柚子 昆布 唐辛子 砂糖 塩 酢 材料の量はそれなり…

寒い日はあったかタソミで行こう

今日のような寒い日に打って付けのホットドリンク。ヒートテックなんて要らない。 タソミとは、我が家のみ通じる略語、温かいスペシャルターメリック豆乳のこと。 小さじ1杯のターメリック・パウダー 小さじ1杯の摩り下ろし生姜 豆乳180cc をカップに入れ電…

曠古の呉須

好きに理屈はない。好きの力を信じるという言葉があるが、そこまでそんなに自信を強めねばならないのかと思う。好きというのはそんなに片意地を張ることではないのだ。ともかくざっくばらん?に、染め付けの呉須の色が気に入って十年ちかく惹かれ続けた時期…

冬のマーチングバンド

幾層もの薄紅の雲の合間から夕陽が河岸を照らしていた。昼間に雪の降った翌日のことだった。 対岸の草はらには子供たちが一つに列をなし西に向かって立ちすくんでいた。 鴨は川面で動かず、辺りの空気はキーンと張りつめていた。 子どもらは凛々しく面をあげ…

へそと海と自分のその後

わたしたちを動かすもの 思いを言葉にしたからといっても、どうなるわけでもない。膝が痒くなって へそと海と自分を書いたのが10年前。 意図と効果 ⇒ こうしようという思いを果たせれば良いのだが 貫く意味 ⇒ そこに降り注ぎ覆うわけ(理由)の幾許かが 主題…

わくわくレシピ クロス変換・冬のカレー編

大胆でていねいなカレーメソッド 春夏秋冬、季節ごとのカレーがある。冬は刺激のないほんわかからだが温まるスープいっぱいの里芋の野菜いっぱいのカレー。 季節は違えど、やはりカレーの基本はスパイスが決め手だ。 ここで、言葉をクロスに変換してみる。 …

白菜ロース鍋

鍋の季節だ。陶芸ではない。鍋を囲むというと湯気立つ鍋料理のこと。我が国では「鍋」だけで通じるからおそれいる。言葉を省略するのが日本語といえど、これには外国の友達は目を白黒する。フライパンの季節というのはない。それほどわれわれの食生活に鍋(…

ジャン=エフラム・バヴゼ

クリスマスとは関係ないが、ジャン=エフラム・バヴゼのピアノドビュッシーの子供の領分の「ゴリウォグのケーキウォーク」がやたら良いんだな。音に色がある。音色ではない。ゲオルク・ショルティが発掘した最後の逸材と称されるピアニスト。つい聴き入って…

クリスマス・ミサ

久しぶりにミサに与った。二日早いクリスマス・ミサに。 温かいものが体のなかに降りてきた。大切なものが自分の中に生まれてくるこの感覚。 ある人はこれを「救い」というし、ある人は「あわれみ」ともいう。 またある人はキリスト教ではないが仏教では「涅…

父の遺言 -曾祖母-

父の母親は父を生んで産後の肥立(産後の回復)が悪く、しばらくして亡くなったそうだ。それで父の祖母が母親がわりとして父をきびしく育てたという。家は田舎の代々からの割烹旅館で、その曾祖母は女将としてまわりから筑後の三羽ガラスとまで呼ばれたとい…

鱈の西京漬け(焼き)

わが日本の食文化には「漬けもの」という古くからの習慣があるが、この西京漬けは食材保存ではなく食材の旨味を活かす料理を前提にした味噌漬けで、塩分は5%以下というのが特徴である。 先日食した鱈などの西京漬けが殊の外おいしかったので、味噌床をつくっ…

成長と健康

陸上競技長距離コーチ、ジャック・ダニエルズ (Jack Daniels)は、 fitnessについて 成長には健康が必要である。 I learned to embrace fitness as a necessary part of growing up.と言っている。 ケガして休むと、フィジカルだけでなく喪失感や失望などの精…

味噌床

知り合いから魚の西京漬けをいただいた。鱈に鮭に鯛etc.。おいしかった。だったらつくってみようと味噌床を作った。なんてことはない、白味噌に味醂を加えるだけ。漬けの材料は鱈。 この結果は三日後。報告します。乞うご期待! #misodoko

星よりご飯

#mukagorice スーパーなどではなかなか手にすることのない零余子を近くの農家から分けてもらったので早速「零余子ご飯」と相成った。むかごは薯のつるにつく小さな肉芽で、ホクホクとした素朴な味がいい。 この零余子は季語では秋で蕪村のものに うれしさの…

五目豆の昆布煮

#soybean #boiledbeans 料理屋には入店して来客と帳場が通じたことのあいさつとして「お通し*1」という小鉢料理が出される。店によってお通しを代金にするところもあるので、注文もしてないし料金をとられるからと最近では返す客もいるそうだ。まあ、わかる…