Emmausブログ

人は見ね/人こそ知らね/ありなしの/われは匂ひぞ/風のもて来し

ケア

特別は要らない・習慣を見直す

ふとしたからだの動き。電車待ちにスマホで時刻表を見る。階段を昇る。電車に乗って座る。家に帰り、食事をする。そのあと器や鍋を洗う。歯ブラシに手を伸ばす。時計をみる。腰掛けて本を手にする。本の頁を捲る。 意識的な動きとほぼ無意識な身体の反…

些細なことだけど

ケア・スキル 当時 取るに足らないと思って見過ごしていたことが 後になって 問題解決の重要な手掛かりだと気づくことが往々にしてあります ケアにおいて あらゆる点に注意するのではなく ⭐︎(どうやら 動作(所作)には幾つかの重要なポイントがあって その…

か弱さとの関わり

ある時期まで私は強さでもって弱さを支えてきたように思う。 実は、それに対応できる弱さへの理解と安心の対応が何より優先であることを実感するシビアな出来事があった。 弱さを支えるには強さだけでは通用しないという明解な自覚が足りなかった。 強さ一辺…

ケアと心

わたしは介護の仕事に就いて15年、介護福祉士の資格をとったのが10年前、遅咲きのスタートでした。精神病棟から特養と。そのなかで、少しづづ、 だんだん分かって来たことがあります。 ケアにおいては、 気持ちというのが、 ただあるという【静的】なもので…

ホット・ソイココアで「虔十公園林」

世界は堅い。私たちはその堅いものを噛まねばならない。現実は確かにそのように思う。しかし、その世界に対して強い力だけに支えられて私たちは生きてないようです。実際はそうではないものによって支えられていることが少なからずあります。たとえば昨日、…

ストレスのある局面 柔らかな感性

このところ、テニスUSオープンをTV観戦している。スポーツは勝つか負けるかの結果がはっきりしている。人間の行う社会行動の情動に主眼を置いても、戦いを見るという意味では大変興味深い。だが、やはりスポーツと戦争は違う。さらに、幸いと喜びは同じとこ…

ケアセンタリングを学ぶ 自分流の寄り添い方

料理に魔法や手品の極意はないのと同じく介護にも魔法のようなスキルはない。介護について、自分が知っていること-これが世界だと思っている事柄-を詳細に調べると、自分の知る世界とこの現実世界が乖離していると分かる時がある。もう一度この世界と自分の…

思い出ということ

読むという行為は、受容と傾聴と共感という<聞く>という行為に尽きる。ケアの場合において特にそうだ。ところで、昔話や<思い出>という言葉が若い頃わたしは好きでなかった。わたしがセンチメンタルだったから。反対にわたしが強がっていたからだ。こと…

老いその生きる場

確かに生は跡形もなく消えてゆく。だが老いあるいは死は誰も見ぬ振りして忌みすることだろうか。 人生前半の課題は挑戦であり、後半の課題は別離であるというテーゼがある。 中井久夫 「世に棲む老い人」 老いの発見4 岩波書店 だが、別離とて若さの領野に…