emmaus.hatenablog.jp

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

写真

たのしいものとたのしいこと

近づいて撮るのと同じく、広角に遠くから俯瞰しようとしても対象はどんどん曖昧になる。それはそうと・・・、むしろ写真というものは多義的でとてもイカガワシク偶然でそれ(存在=知覚の束)を超えていると思えるのがとても面白いのです。かんたんにいえば写…

撮らずにいられない

せめてゲームを終わらせて - 記憶の彼方へへのRE人には夫々に辿る道があるように夫々の写真への考え見方がある。それを一つにしないでクロスしてみる。 人生いいこと二つァない だからわたしの好きな写真とは敢えて一言でいうと、被写体の価値自体にすり寄ら…

はじめて撮らえるときのように

とことんある主題を追うのではなく、掘り下げることでもなく。ナダラカに見えてくるものたち。こちらが行くのではなく、逃げることでもなくより放棄にも近い不在。だからあるイメージではない。脅しではない、いや脅しかもしれない。悟り?それって! たぶん…

視ること・写すこと

晒されて視て写して記憶に至る存在と描写と表現=脱複写 - Emmaus’にTBされた中山さんが更に、画家・佐伯祐三(2007-10-14 - 横浜逍遙亭)にも敷衍されコメントされている。思うに・・・認識とは<存在>そのものを思考することだろうから、ルクレティウスが…

存在と描写と表現=脱複写

どうもこのところデジカメで写すものが対象の価値によりかかり過ぎではないだろうか。かつて植田正治 http://www.japro.com/ueda/は写真についてこう言っている。 美しく、めずらしく、貴重な被写体であっても、対象の価値によりかかりすぎたものに心をうつ…