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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

INDIFFERENE

放蕩息子のもの語りが、愛されることを望まない者についてのはなしではない、と言っても、私は容易に承知しないであろう。かれが子供だった時、かれの家ではすべてのものはかれを愛していた。かれは成長した。かれは他のことを知らず、子どもである間は、かれらの優しい愛情になれていた。しかし、青年になった時、かれはこの習慣から脱れ出ようとした。かれはそれを口にすることができなかっただろう。しかしかれが、外を一日中うろついて、自分の傍に犬たちがいることをさえのぞまなくなったのは、犬たちもかれを愛しており、その目はかれをみまもり、かれの仲間になり、期待の情を表したり、不安の念を起こしたから。またかれらの前でも亦、喜ばせたり、傷つけてたりせずには何をすることもできなかったから。だがしかし、かれがその時欲していたものは、からの心のある内密な無関心だったのだ。この無関心は、朝早く、野原で、もはや時も呼吸も忘れて、ひたすら己れを意識する朝の軽やかな一瞬間と化するために、かけ出しはじめるほど純粋に、かれを捉える、あの無関心なのだ。

「マルテの手記」 リルケ

lack of interest in something
文字通り心が他と区別がつかなることだと、森有正はいう。所謂愛なるものが遙かに及ばない、あの融合のことではないかと・・・。