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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

 驢馬の鼻唄

崔華国(チェファグク)の名を知ったのは崔氏がH氏賞を受賞した頃だったろうか・・・。
この詩集「驢馬の鼻唄」に〈荒川〉という詩があって、望郷の唄のようだが。格別この韓国語のラの音の処が何度詠んでも好い。本来、詩の音の響き自体は読み手の感覚に負うところがあるのだが、でもこの好さはボク一人だけではないと思うのだ・・・。むろん、その音だけではなく、西瓜の匂いといい葛飾の低い空といい岸辺を渡る川風もよかった。そして何よりも母と姉の囁きにボクも耳を傾けた。これは人の愛おしさ。爽やかな人への思い。サララの内に・・・。

「サララ」 *1
(パソコンOSにハングル文字をインストールして下さい。)
うんやっぱりいいわ。。

丈なす葦をかきわけて岸辺におりる
西瓜の匂いを含んだたそがれの川風は
姉(ヌナ)の裳(チマ)のようにやさしかった
葛飾の低い空もやさしかった
朽ちた伝馬船に寝っころがって目をとじよ
風が運んでくる
母と姉の囁きに耳をかたむけよう

サララ 生きるのだ
サララ 生きるのだ
チャララ 育つのだ
チャルチャララ 立派に育つのだ
サワラ 闘うのだ
サワサワ がんばれ がんばれ

チャラ おやすみ
チャルチャラ 安らかにおやすみ

崔華国「驢馬の鼻唄」より

*1:unicode:살아라