emmaus.hatenablog.jp

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

日本語の早道1

とある電車内での会話

「やっぱり よかったよ」
「うん何?」
「いや 山中湖さぁ」
「へぇ ほんとに行ったんだ」
「天気よかったっし 仕事がらみだけど 最高」
「そだろう あの部長はゴルフで別行動だし」
「うん あっそそ今度また仕事回すからさ」「じゃまた明日 ここで降りるから」
「うん 明日 じゃね」
たぶんそんな会話だった。でふと見ると一人は外国人その相手は日本人らしい。ズイブン流暢な日本語ですな。ほほぉと云いたいがさして大した会話でもない。だが淀みなく流れる日本語に「時枝ふろしき文法」がこれにぴったりだとボクは膝を叩いた。

時枝の風呂敷

風呂敷の真ん中に述語。そのまわりに補語。主語も目的語も補語の一種類!!。で状況や相手によって必要なら主語や目的語等を付ける。同心円のド真ん中にボンと「よかった」がある。真ん中の述語がどういうわけか最後に来るのも便利といえば便利で、話の論旨が肯定なのか否定なのか分らないと顰蹙をかうこともある。かつて明治時代に森有礼が英語を以て国語とすべしと云い、志賀直哉がフランス語を国語に提案したのだ。まあまあそのままでよかった。っと思うのは正しいよね。
実はこれは時枝誠記が英語を天秤に、日本語を風呂敷にたとえた文法論である。

日本語は大槻文彦にはじまり、橋本進吉時枝誠記らを経て今日に至る天才たちによって作られた。
一つの日本語観 連歌論の序章として 中井久夫

語における既知と未知

実は述語が中心にあるというふろしき文法は中井によると発話における語(句・文)の前後の関係がベースにある。

お互いが知っていることを含めて伝達して発話の情報が照合できる。・・・110番や119番の連絡の既知未知の混乱を想像すれば理解できる。・・・

これは中井の精神科医の精神科患者との経験によるものでもあるという。つまり文法単位が単語やスレーズの静的関係でなく、前の語に促され次の語が導きだされる動的関係を指す。
時枝文法の構造を外国人に教えれば日本語の習得は早かったとは中井の経験である。そういえばボクの知っている外国人もあのように話す人の方が日本語は達者のようだ。
そして中井がこの語の前後関係である既知未知の繰り込み方は中国の古典「春秋」の「公羊伝」に学んだという話は、次回のこころだね。