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“だれ一人自分のためにだけ生きる人はいない”

西田幾多郎

松岡正剛西田幾多郎を言及している。ついに入ったか。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1086.html
私が世界に絡まり、世界が私を継続させる。その一体としての目覚めは領野を俯瞰し山容を眺望することではなく現実の只なかでの次に地点-というよりも局面ないし位相-を繋げること。
あるいは・・・うねうねとした山容の崖。知覚の連続。現在というものはピンポイントの一点というより常に現在を面というかたちで攀じる連綿とした運動と体系。主客の未分化として西田。おお粘っこいぞ!!三点確保のフリークライマーの如き「実践」「働き」「ポイエシス」。
それでもって、やはり述語論理や言語哲学的な相同関係を投写したあたりに松岡はスポットライトを当てている。うう。年明け後にでもその山にゆっくりovershadowされてみようかな。
[http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/09/0/092521+.html:title]