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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

河井寛次郎

二ヶ月前から仕事に難題が重なっていた。荒んだ重い気持ちで、ものづくりの仕事に疲れくたびれ果て、やることなすことが次々と裏目になっていた。
「いのちの窓」河井寛次郎著。人間国宝文化勲章などに推挙されるが応ぜず、自らの世界を切り拓き、陶芸の枠を超えた無私無辺そのものの世界にたどり着いた人。だがボクにとって河井は途轍もなくデカすぎてた。元気になるどころかかえってその眩しさに遂に傷ついてしまう。強気の自分の弱さを知った。
「おのれ」が「もの」にどうのように「見て」「知って」どう「仕事」として「何を」なすのか。あたまで理解できても言葉で分かっても全体で一致しない。読むこともなくバックのなかに容れて持ち歩いていた「いのちの窓」。だが少しづつ少しづつゆっくりと解けた。言葉が新鮮に呼び掛けだした。きっかけがほしかったのだろう。見えないそれらは手に掴めず心でしか掬えない。おのれの器の大きさでそっとそれらを掬ってみた。

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仕事が仕事をしている仕事

仕事が仕事をしています
仕事は毎日元気です 
出来ない事のない仕事 
どんな事でも仕事はします 
いやな事でも進んでします 
進む事しか知らない仕事 
びっくりする程力出す 
知らない事のない仕事 
聞けば何でも教えます 
頼めば何でもはたします 
仕事の一番すきなのは 
苦しむ事がすきなのだ 
苦しい事は仕事にまかせ 
さあさ吾等はたのしみましょう

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「仕事が仕事をしている仕事」。行いが行いをしている行い。仕事が決して立派なものだったり、また逆に生活だけに生きているある種の卑屈さがなく、もっと健やかさ。その隠れている背後のもの。求める土と火へつくることの目的意さえない真摯な祈り。派手さもなく、淡々とした言葉におのれのがその風のような得体の知れないものにがんとやられた。その後ゆっくりした温かさが染み入るように伝わってきた。もう少し河井の文を引用してみよう。

《いのちの窓》河井寛次郎 昭和22年

すべてのものは 自分の表現
#
何もない 見ればある
#
ないものはない 見るだけしかない
#
見つくせぬものの中にいる
見つくせず
#
見られないものばかりだ-見る
されないものばかりだ-する
きめられたものはない-きめる

限りのない高さ-人の登れる高さ
果てしのない深さ-人間の行ける遠さ
何という深さか-人間ののぞける深さ
#
高さに灯ともす
人間の高さにともす
#
持たないものはない-さがすと出て来る
知らないものはない-知ったものがいる
出来ないものはない-出来るものがいる

  • 身体

見ないのに見ている
持たないのに持っている
行かないのに行っている
#
見えないもの 見える眼
聞こえないもの 聞ける耳
知らないもの 知っている

  • 身体

#
自分で作っている自分
自分で選んでいる自分
#
向こうの自分が呼んでいる自分
知らない自分が持っている自分
何処かにいるのだ未だ見ぬ自分
#
この世は自分をさがしに来たところ
この世は自分を見に来たところ
どんな自分が見付かるか自分
#
どこかに自分がいるのだ-出て歩く
#
新しい自分が見たいのだ-仕事する
#
仕事が見付けた自分
自分をさがしている仕事
#
仕事が仕事をしている仕事
#
仕事が仕事をしています
仕事は毎日元気です
出来ない事のない仕事
どんな事でも仕事はします
いやな事でも進んでします
進む事しか知らない仕事
びっくりする程力出す
知らない事のない仕事
聞けば何でも教えます
頼めば何でもはたします
仕事の一番すきなのは
苦しむ事がすきなのだ
苦しい事は仕事にまかせ
さあさ吾等はたのしみましょう
#
私はあなた
私以外見えないあなた
#
あなた   わたし
   の蕾は   の中に咲く
わたし   あなた
#
物買って来る 自分買って来る
#
みにくいもの見えないめくら
美しいものしか見えない眼
#
美しいものしかない
みにくいものはまよい

〜略〜

追えば逃げる美
追わねば追う美
#
美を追わない仕事
仕事の後から追ってくる美

〜略〜

何という大きな眼
この景色を入れている眼

〜略〜

助からないと思っても助かっている
#
はてしない土地

新しい世界

この「いのちの窓」に次のような序がある。

此等の言葉はすべて読まれる人の言葉であって、自分の言葉ではない。自分の言葉でありようがない。
それと言葉の中に出て来る自分というのは人と同意義であって、この間に何ものをもさしはさむ事は出来ない。
もしか間違ったものがあるならば、それこそ自分であって人ではない。

因みに、講談社文芸文庫版「火の誓い」には昭和十年に記された沖縄の「壺屋と上焼」が掲載されている。南の島の長閑な当時の暮らしを知ることが出来る貴重な旅行記でもある。