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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

自己

海を渡る蝶がいるという。そして、梅雨が露によってさらにぬれてここに於いて(この場に)晒されている。蝶が翔びたつ。一斉に水は雫を表す(水粒になる)。一滴あっての水ではない。水あっての一雫ではない。多でもなく個でもない水のふしぎ。水が水にぬれてさらに水そのものを見出す。水を自己に準えてみる。自己が自己の中に自己を見出す。だが自己充足ではなく、階乗する自己超越でもない、階除する超越というべき自己でもない。つまり「無」そのものが、命題の裏にぴったりと張りついているもう一つの非命題的な根柢があるのではないか。つまり、「一と多による自己矛盾的自己同一」というような構造。それによってこそ自己をはじめて超越するということ。