Emmausブログ

人は見ね/人こそ知らね/ありなしの/われは匂ひぞ/風のもて来し

風太郎と水鳥

ジョグの途中で川の際から上空に向かって一斉に水鳥が飛び立った(2009年02月08日06時23分16秒)。その気配は前からあった。むしろ分っていたというべきか。だがこんなかたちで。そのワンショット。ジョグから走りに変えた。風がきりきりからだに痛い。
そしてこの瞬間わたくしは遂に風太郎(1995.10.5 - 2009.2.1)とは結局一度も会うことが出来なかったのだと思った。これからどんなにしても何をしても会えない現実が分った。わたしが会えなかったとかの思いはどうでもいい。もう彼がこの世にいないのだ。この口惜しさという悼む思いを越えて、命があることの有り様を水鳥がわたくしに告げる。その空いた思いを水鳥が埋める。これは何だろう。

そして先ほど、三上さんのhttp://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20090208/p3のブログを読んで驚いた。同じことが書いてある。

突然、耳をつんざくようなヒヨドリの鳴き声が辺りに響き渡って、空を仰いだ瞬間、「生命」を感じた。そして風太郎はもういないんだと改めて思った。

風太郎。会いたかった、でも会えなかったな。そして水鳥は勢いよく飛び立った。死は生の縁をかた取り、生は死をその縁を形取る。