emmaus.hatenablog.jp

“だれ一人自分のためにだけ生きる人はいない”

ふーさんの鮎

もう落ち鮎の頃だろうと思いながら川岸をジョグをしていたら向こうからふーさんがとことこ歩いて来る。同じ長屋の住人だ。ふーさんは、からだが小さく、肌は日焼けでチョコレート色だからすぐわかる。ニコニコ笑っているからどうと訊くと、箱一杯よとやっぱり胸を張って答えられた。ふーさんの釣果の話。ある日川岸にいると、ふーさんの小さい身体から長竿とともにポイントに向けて送り出した道糸が円弧を虚空に限りなく描いたのには息をのんだ。あれは解禁の頃ではなかったか。胸びれの楕円形斑が一つ。黄色のあでやかな鮎を袂にたぐり寄せた。しびれるような美しさがピンピンと魚篭のなかで跳ねていた。幾日か経ってふーさんの鮎の開きがうちに届いた。開きのさばき方がきれいだ。おいしかった。どんなに探しもその味に見合うだけのいい言葉はついに見つからなかった。