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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

父の遺言 -曾祖母-

父の母親は父を生んで産後の肥立(産後の回復)が悪く、しばらくして亡くなったそうだ。それで父の祖母が母親がわりとして父をきびしく育てたという。家は田舎の代々からの割烹旅館で、その曾祖母は女将としてまわりから筑後の三羽ガラスとまで呼ばれたというからにはなかなかのやり手で相当きびしかったのだろう。掃除が終わったところ、障子の組み子を指で擦って埃があると諌めることなく「ここはこれからじゃろ」と笑いながらうまく女中や使用人を扱ったというのが言い伝えとしてある。

その父は八十を前になくなったのだが、父の身辺を整理した折に古い手帳が出てきた。そこに詩のような走り書きがあった。父は詩などには興味があるはずもないと思って不思議だなと単純に思った。それが三好達治の詩であるとわかったのは、つい五年前のことだった。

祖母 三好達治

祖母は蛍をかきあつめて
桃の実のやうに合わせた掌の中から
沢山な蛍をくれるのだ

祖母は月光をかきあつめて
桃の実のやうに合わせた掌の中から
沢山な月光をくれるのだ

ぼくのいなかはかつては蛍では折り紙つきの県の名勝地であった。
きびしい曾祖母にも静かなやさしい情愛があり、それに対する父は母親がわりの父の祖母への思慕があったのだろうか。生前父は曾祖母について一言も語らなかった。むろん、なくなった父の実母についても何も語らなかった。
父の遺言はなかったが、最近この詩がその遺言のように思えてならない。
年を経る毎、父の言葉はないが、新たなことが分かる。伝わってくると言っていい。

 

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