Emmausブログ

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

出会い

たまにある本との出会い

ふとしたことで、ディネセンの「アフリカの日々」を読んでいます。偶然とは言え、何かの巡り合わせと、素直に本との出会いにうれしくなりました。ラッキー! 翻訳は横山貞子さん。 アフリカの日々 (河出文庫)作者:イサク・ディネセン河出書房新社Amazon 冬の…

名づけられたもの

「ー」「呼ばれています」「イエズス・キリストへ」合唱「水のいのち」などの歌を作詞をした詩人高野喜久雄氏の言葉です。 名づけられたものはつねに結ばれつつそれぞれの名を超えようとします。「結ぶ」ことは「共に・生まれる」こと、聖なるものに向かって…

有田・西山のコーヒーカップ

何気なく棚から取り出したコーヒーカップ。もう四十数年の歳月が経っている。江戸川の平井の時代、よくかよった可否茶舗 儚夢亭。その店主Mさんがぼくの転任祝いに譲ってくれた有田西山の小ぶりなコーヒーカップ。まだ宝飾の仕事をやってた頃で、その腕が半…

フェイスブックを離陸してから

"); document.write(count2); document.write("日"); document.write("が経過しました。"); //--> クマのプーさんは、昼前のちょっとした時間が好きだ。というか、昼前に何かちょっとひと口つまむのが好きなんだ。 JavaScriptで遊ぶのも昼前のちょっとした時…

えんどう豆のさやを剥きながら

梅雨にしては晴れ間が続いている。友人らと音楽の話しをしていた。どういう話の流れだっただろうか、「人生の最後に聴きたい曲は何か」という話題に行き着いた。人生の最後という言葉が日常を超えたフレームとして際立っていたが、居合わせたものはそれぞれ…

これもありだね 音楽ののりしろ

三日前の夜だったか、ふとiTunesコントロールを開いて、シャッフル・オンにし、リピートをすべてにした。シャッフルだから普段は聴かない曲がながれてきたが、しかし、これらはかつて一つひとつ自分がダウンロードした曲だ。謂わば、偶然は必然の結果だとい…

何でもない一日が特別な日になった

横浜フィルハーモニーの演奏を聴いて 仕事を終えて帰りの電車の中さっきまでipodしていた。曲は、Ryuichi Sakamoto / parolibre / the sheltering sky (live_2009_10_7) 心地よい仕事の疲労感。ピアノの音。音楽は時への探求だ。shuffleしてDamien Rice。一…

永瀬清子・あけがたにくる人よ

永瀬清子という詩人をご存じだろうか。岡山の在の詩人だった。「トゲありてこそ汝はバラ」という言葉を残された。かつて宮沢賢治追悼会に出席した中で「雨ニモマケズ」の最終稿の発見にも立合われたという逸話があった方。書けぬ時を耐えて御年81歳の時の198…

「手の変幻」

karposさんがここのところミッシェル・ド・セルトー「信じるという脆さ」1祈りのうちにある人<所作の木>を続けられている。祈る木 ① - karpos’s blog。所作を含む祈りの身体性と祈りの全体性あたりに関心があったので興味深く読んでいる。 「手」にまつわ…