Emmausブログ

人は見ね/人こそ知らね/ありなしの/われは匂ひぞ/風のもて来し

失はれた酒

ある日 大海原に
(どの空の下であったか)
「無」への供へにいささかの
惜しい酒を注いだ・・・・

捨てたかったのは誰?
占ひのままのわれか?
心の憂ひに血を思ひ、
葡萄の酒を投げたのか?

薔薇色のくゆりの後に
馴染みのもとの透明を
取り戻して海は澄んだ・・・・

酒は失せ、波は酔ふた・・・・
潮風の中に飛び立つ
いと深い姿が見えた・・・・

「魅惑」ヴァレリー 訳:中井久夫