Emmausブログ

人は見ね/人こそ知らね/ありなしの/われは匂ひぞ/風のもて来し

「草枕」三辺の世界・非人情からの眺望

私たちはどこに行こうとしているのか。

電車を降りて歩く・・・。冬の冷たい風が戻ってきた。駅前の広い通りに面したサテン(茶店)。北に向いた店の表の窓硝子に空がくっきり映っている。きっと店の軒端の椅子に坐ると春に霞む青い大きな空がよく見えるに違いない。青を青と言えたらどんなにいいだろう。

このところ漱石の「草枕」の関連するものをいくつか読んでいた。英訳の方はグレン・グールドも長年の読んだものだという。彼は「草枕を二十世紀の小説の最高傑作の一つ」と評した。その上グールドは彼のラジオ番組で朗読したテープを残している。私の関心は子規の延長線上のことだが、何故今漱石にたどり着いたのか?自分でもよく分からない。

草枕 (新潮文庫)

草枕 (新潮文庫)

Three Cornered World

Three Cornered World

  • 作者:Soseki, Natsume
  • 発売日: 1988/11/01
  • メディア: ペーパーバック

入り口のぶ厚いドアーを開けると、挽きたてのコーヒーの仄かな薫りがした。ボブ・マリーの「No Woman, No Cry」が流れている。スピーカーの音が少し歪んでいる。コーヒーカップの縁の辺りで深く息をしたらコーヒーの湯気がカップの中に拡がり睫毛に当たったのがおもしろい。窓の外に赤色の自転車が通り過ぎていった。赤が赤としてまだ私の中で残像している。


余(画工である主人公)は「苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりの三十年の間を仕通(しとお)し」、「吾人の性情を瞬刻に陶冶(とうや)して醇乎(じゅんこ)として醇なる詩境に入らしむる」と願って、山路を歩きながら考える。つまり、わたしたちの日常の性質とふだんの行いを、直ぐに癒してくれる混じりっけのない心象風景を得たいと思っている。その余の画工は、そのうに東洋の詩境の解脱世界を望んでいるが、決して「王維(おうい)や淵明(えんめい)の境界(きょうがい)を今の世に布教して広げる心掛も露ほどもない。」ただ、ただ一人絵の具箱と三脚几を担いで春の山路を歩く。すこしの間でも非人情の天地に逍遥したい願いからだ。


週開けの通勤電車のラッシュは「辟易」という言葉も押し潰されるようなすごさだ。人としての思いが薄れるなんてレベルの話は寝言と思う。自分を含め人格なんかいっそ取り合わないで、どれだけ人が物と化すべきかと気持ち(理)と算段を立てる方が賢いようだ。反吐が出そうだがもう慣れて切った私たち。

それにしても電車の中といったら、みんな身動き一つ出来ずにいるのに、携帯メールしたり、新聞を折り目正しく畳みながら読んだり、額に押しつけるくらい書類を覗き読むお莫迦さんがあちこちに居るものだ。憂う者は私一人のはずはないだろう、みんなそうだ。だから私もふくめ乗客が全員大莫迦になって箱詰めに運搬されていく。漱石が汽車を愚痴る(嫌った)ことが実現した、きっとそうに違いない。

余は汽車の猛烈に、見界(みさかい)なく、すべての人を貨物同様に心得て走る様(さま)を見るたびに、客車のうちに閉(と)じ籠(こ)められたる個人と、個人の個性に寸毫(すんごう)の注意をだに払わざるこの鉄車(てっしゃ)とを比較して、――あぶない、あぶない。気をつけねばあぶないと思う。現代の文明はこのあぶないで鼻を衝(つ)かれるくらい充満している。おさき真闇(まっくら)に盲動(もうどう)する汽車はあぶない標本の一つである。

そのあぶない電車が駅のホームを通過するのが見える。茶店の店員同士の雑談が肩越しに聞こえる。話の内容は分らない分そのノイズが返っていっそこちらを緩く自由にしてくれる。さっきの電車のラッシュがほんとに嘘のようだ。「I Shot The Sheriff」に曲は移った。「I shot the Sheriff but I swear it was self defense 」。だとしたらキミは何故撃ったの?奴らが初めにキミに手を下したのだろう。
やはりこの席から駅の方角に青の空がよく見える。入り口の扉の鈴がチャランと鳴った。時間が小気味よく流れている。


「おい」と呼ぶ声がする。『草枕』の第二章の始まりは印象的だ。この「おい」という響きをどう受けとめるかは読者の経験と感性に任されている。優しくか厳しくか。さあどっち。私には何か春の長閑さにゆっくりと穏やかに呼び覚まされるものがある。ここを英訳は「Anybody there?」と訳している。このように春は眠く猫は鼠を捕る事を忘れる。人は借金がある事も忘れ魂の居所を忘れ正体もなくなると余(草枕の主人公)は言う。倦怠とは一種の判断の先取りであるなら、怠ると楽しみも失うことになる。そこで少し理を立てて・・・知を働かせて情に棹さして、意地を通す・・・とどうなるのか・・・


さしずめ、余の願う心象風景は、第二章にある茶店の老婆との情景。「二三年前宝生の舞台で高砂を見た、その表情はぴしゃりと心のカメラへ焼き付いてしまった。茶店の婆さんの顔はこの写真に血を通わしたほど似ている。」


じんわりと立ち上る怒りの気持ち(情)を留めるより、車中のラッシュでおのれの姿勢をどう立て直すと楽になるかと、工夫(知)を働かせても妙にひどく角が立つ。どう気を配ろうが結局辺りは変わらず、抗う気持ちは有り体に押し合いへし合いの流れに任せるのが自然に思われる。目的の停車駅まで気持ち(意)だけは保とうとすると余計に窮屈になってくる。無理な姿勢で押し込められたわれらは我慢と憤懣の一塊となり、十五分後に目的の駅に着きドアーが開くや一斉にわれら乗客物資たちは押し出された。降りるやプラットホームを駆け出して皆押し黙って麻痺したよう当たり前に次ぎにエスカレーターに運ばれて下っていくわれらの有様。麻痺は倦怠をも停止させる。


そして・・・息絶えだえに解放され最寄りのカフェにたどり着き、漱石の「草枕」の詩趣に暫し寛容(くつろ)いでいる。何ともふしぎと言えばふしぎなことだ。よくよく思うが、澆季溷濁極まりない環境に適応する個体が「最適者」の子孫として誕生するのだろうかとふと疑問が湧いた。そんなことはあるまい。生存と繁殖に有利な性質をもつ者が増えて存続する説が正しいならば差詰め現在こうして生存しているわれらは、環境に適応し増え広がることの出来た「最適者」の子孫ということ?。そんなことはない。変化が進化に、優性がいつしか優生に取り替えられ、劣性が劣生に取り替えられる。生命の論理が強者の論理と資本の論理とに相成って別の論理になってゆく。「ダーウィンの悪夢」の映画って何故恐怖に進化という論と筋を立てるのだろう。科学の因果を後ろ盾に物語る安直さとカタルシスに食傷してしまう。


この「草枕」は主題が何だと考えずに、理由もなく文字をなぞるが一番だ。13章あるが、どこから読んでもその気韻は面白く、そこには無数の琳瑯(美しい珠玉)と無上の宝ろ*1をも知ることになる。

「初から読んじゃ、どうして悪るいでしょう」「初から読まなけりゃならないとすると、しまいまで読まなけりゃならない訳になりましょう」「妙な理窟(りくつ)だ事。しまいまで読んだっていいじゃありませんか」「無論わるくは、ありませんよ。筋を読む気なら、わたしだって、そうします」「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋のほかに何か読むものがありますか」

あるいは、逆に深読みもまた別に愉しみである。思い余って屈原の「楚辞」を読むのもいいかも知れない。漱石は「草枕」を書く前に読んだそうだから。


われわれはどこから来てどこに行こうとしているのか。ごく当たり前にやっていたことが通じないという捻れた不快感が私のどこかに今も残っている。この時もそうならあの時もそうだった。これとて今の時代に始まった訳ではなく、昔もあったことだろう。単なる自分の感覚でなく、もっと言えば、つまりかように時代を少々「憂う」自分がいる。まさかそんなUREUはずはないと思うがやはり憂いなのだろう。苦しみは確かにない。何となれば喜びの反対語は苦しみでなく憂いである訳だ。いかばかりかの喜びを望みとしてこの人の世(世界)をつくったのは日常に見え隠れするわれわれならば、とくだん別なところに越す国(世界)がどこに在るわけでないと思う。そう判っていても慌てるとつんのめって足を踏み外す。

余(よ)の考(かんがえ)がここまで漂流して来た時に、余の右足(うそく)は突然坐(すわ)りのわるい角石(かくいし)の端(はし)を踏み損(そ)くなった。平衡(へいこう)を保つために、すわやと前に飛び出した左足(さそく)が、仕損(しそん)じの埋(う)め合(あわ)せをすると共に、余の腰は具合よく方(ほう)三尺ほどな岩の上に卸(お)りた。肩にかけた絵の具箱が腋(わき)の下から躍(おど)り出しただけで、幸いと何(なん)の事もなかった。

草枕」の中の雲雀が鳴く。雲雀の声を聞いたとき、魂の居所を忘れたわれらはその魂のありかが判るという。雲雀は口ではなく魂全体で鳴くという。だから、あのシェレー*2のように心より笑いであっても苦しみは同じここにあり、うつくしき極みの歌に悲しさの極みの想いもここに隠れるならば、やはりあの雲雀にように歌う訳にはいかないのだ。だからわれらは人。されどわれらは人。人ならば物は見ようではいかようにでもなる。ダ・ヴィンチの弟子に告げた言に、あの鐘の音を聞けと。鐘は一つだが、音はどうにでも聞きことはできる。


これ以外に他に越す国(世界)がどこにある訳でなく、それでも越す国がもしあればそれは漱石が言うようにきっと人でなしの国に相違ない。そこの世界には今はまだ用はない。だから住みにくい人の世界を住みにくいと高じたところで、安きところに人は越そうと思うだろう。きっとこの世(世界)は住むに甲斐あることと思うに、そのこの世の明暗は表裏のようにして日の当たるところに影はつねにある。そのような考えを一人して反古にして今さら世界を覆すこともないだろう。喜びが確かにあって、喜びの深いところに深い憂いがあり、多くの楽しみのある処に多くの苦しみがあるに違いない。この世界とあの<非人情>が通底している境界*3。良薬は口に苦しというが、非人情がちと過ぎるも問題である。

茫々(ぼうぼう)たる薄墨色(うすずみいろ)の世界を、幾条(いくじょう)の銀箭(ぎんせん)が斜(なな)めに走るなかを、ひたぶるに濡れて行くわれを、われならぬ人の姿と思えば、詩にもなる、句にも咏(よ)まれる。有体(ありてい)なる己(おの)れを忘れ尽(つく)して純客観に眼をつくる時、始めてわれは画中の人物として、自然の景物と美しき調和を保(たも)つ。ただ降る雨の心苦しくて、踏む足の疲れたるを気に掛ける瞬間に、われはすでに詩中の人にもあらず、画裡(がり)の人にもあらず。依然として市井(しせい)の一豎子(じゅし)に過ぎぬ。雲煙飛動の趣(おもむき)も眼に入(い)らぬ。落花啼鳥(らっかていちょう)の情けも心に浮ばぬ。蕭々(しょうしょう)として独(ひと)り春山(しゅんざん)を行く吾(われ)の、いかに美しきかはなおさらに解(かい)せぬ。初めは帽を傾けて歩行(あるい)た。後(のち)にはただ足の甲(こう)のみを見詰めてあるいた。終りには肩をすぼめて、恐る恐る歩行た。雨は満目(まんもく)の樹梢(じゅしょう)を揺(うご)かして四方(しほう)より孤客(こかく)に逼(せま)る。非人情がちと強過ぎたようだ。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/776_14941.html

住みにくい人の世界を住みにくいという思いが高じたところで、住みにくい所をどれほど寛容(くつろい)で束の間の命を束の間でも住みよくしようと、そこに詩が生まれ、かつまた画が出来ると漱石は述べる。それは彼の反リアリズムと反小説でもあったろうが、まず詩趣の深奧にあるありのまま<目のあたりの>自分にこの世(世界)を写すことにあったのならそれを楽しみにするのが更にいい。それによって現実が否定されたものでもない。<非人情>の世界が否定されたものでもない。あらゆる指示のない言葉が現実の現前性とそれに通底する画工の内的世界のバランスを取り持っている。

触れる。触れている。触れるようで触れられぬこの世界を。

 車輪が一つ廻れば久一さんはすでに吾らが世の人ではない。遠い、遠い世界へ行ってしまう。その世界では煙硝(えんしょう)の臭(にお)いの中で、人が働いている。そうして赤いものに滑(すべ)って、むやみに転(ころ)ぶ。空では大きな音がどどんどどんと云う。これからそう云う所へ行く久一さんは車のなかに立って無言のまま、吾々を眺(なが)めている。吾々を山の中から引き出した久一さんと、引き出された吾々の因果(いんが)はここで切れる。もうすでに切れかかっている。車の戸と窓があいているだけで、御互(おたがい)の顔が見えるだけで、行く人と留まる人の間が六尺ばかり隔(へだた)っているだけで、因果はもう切れかかっている。
 車掌が、ぴしゃりぴしゃりと戸を閉(た)てながら、こちらへ走って来る。一つ閉てるごとに、行く人と、送る人の距離はますます遠くなる。やがて久一さんの車室の戸もぴしゃりとしまった。世界はもう二つに為(な)った。老人は思わず窓側(まどぎわ)へ寄る。青年は窓から首を出す。
「あぶない。出ますよ」と云う声の下から、未練(みれん)のない鉄車(てっしゃ)の音がごっとりごっとりと調子を取って動き出す。窓は一つ一つ、余等(われわれ)の前を通る。久一さんの顔が小さくなって、最後の三等列車が、余の前を通るとき、窓の中から、また一つ顔が出た。

四角い世界の一辺の常識を切り落として三角の世界の<非人情>としての眺望がある。長閑な世界と同時にどうにも切り離せない切実なわたしたちの目の当たり(ありのまま)の四角い現実世界が横たわっている。

私たちはどこに行こうとしているのか。I feel as if I were seeing it with my own eyes.理を立て知を働かせ情に沿い棹さし窮屈に意を保つとは、知・情・意の市井の一豎子の<心>の問題だ。これは誰でもない一人独り自身の問題である。またどの答えも一つといって間違いはない。漱石はこれを述べもう二度とこのような小説は書かなかった。暫しこの思いに浸るのも今生にさらに楽しみと喜びを見いだすことになる。


ボブ・マリーの音は次ぎに「Kinky Reggae」の曲に入った。もう一杯コーヒーと思ったが、それも止して店を後にする。空は東も西もいっそう晴れ尽くしている。昨日の冬の寒さはどうやら今日には収まりそうだ。空の青を青として思えそうだ。


そう言えばかのグレン・グールドも「草枕」を15余年も終始手放さず耽読していた。最後の枕許に聖書とともにこの草枕が在ったのという。彼も市井の一豎子に過ぎぬ者として、あるいは詩中の人として、画裡の人の表現者として、三辺の世界の眺望に住まう者としてその間を往復していたのだろうか。この小説に若冲の鶴の図がでてくる。あの飄逸な長い嘴をグールドも知ったに違いない。こんな読み方もまた一興かと思われる。


漱石とグールド―8人の「草枕」協奏曲

漱石とグールド―8人の「草枕」協奏曲

  • 発売日: 1999/09/01
  • メディア: 単行本

*1:

*2:イギリスの浪漫派詩人

*3:自分の力が及ぶ範囲