Emmausブログ

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

祝日なのに最良と思っても最悪のことをやりかねない

今自分のやっていることが果たして良いのか悪いのか思案することがある。最良と思っても最悪のことをやりかねないのがわれわれ人間なのだ。その自覚があるのか承知しておかねばならない。

ユマニストの渡辺一夫はかつて「人間は兎角『天使になろうとして豚になる』存在であり、しかも、さぼてんでもなく亀の子でもない存在であることを自覚した人間の愕然とした、沈痛な述懐にもなるかもしれません。」と言い放った。

どんなにエラソウな事を人は言っても、間違いもすればミスもする。自分の間違いをきちんと言える人はそうそういない。 だから、 見えない不安があるならば、取り除くべく努めなければならない。記憶がないなら調べ尽くすべきだろう。 いい大人なら、それを怠ってはならない。

さぼてんでもなく亀の子でもない、早起きの夫と夜更かし妻のわれら二人は、今夕お粥をつくった。白米一合に水十一合。出来上がりに粥に芹を合わせた。梅干しに酢茎、昆布佃煮少々を摘みながら。締めにほうじ茶。静かな夕餉のひと時だった。