Emmausブログ

人は見ね/人こそ知らね/ありなしの/われは匂ひぞ/風のもて来し

なぜこんなに子どもの本を読むのが楽しいのか

本を読む楽しさを知ったのは、いつ頃だったのだろう。

小さい頃から体が弱かった。何かにつけてすぐ熱がでる子だった。そもそも免疫力(病原菌を抑制する力)がない身体だったのか。毎年秋から冬にかけて丹毒という特殊な病気に罹患していた。わたしの場合は、先ず耳元あたりで腫れと痛みが始まり次第に顔全体に腫れが広がり瞼が塞がり、40度くらいの熱がでて氷枕や氷嚢で冷やし続け、さらに状態が悪くなると筋肉注射のペニシリンを打つ羽目になるという経過だった。あのからだ全身にズンとくる注射の痛みは尋常ではなかった。頭ではなく体の記憶として今でも忘れない。

床のなかで安静にして二週間ほど続く。高熱で食欲はなく体力は落ち、すり下ろしたりんごを吸飲みで口にするくらいの有様だったと記憶している。痛みも熱も収まるころには、天井の節目の模様を許す限り眺めていた。さびしさの自覚はなかった。たぶん、子供ながら高熱に耐えに耐え、やっと辛さから解放されてほっと息をつける時だったのだろうか、当のわたしももう忘れてしまっている。今でも過去の辛さを心理的に抑制しているのかも知れない。

そんな中、掛かりつけの楽しい人(お医者さん)が、わたしにいろんな話しを携えて往診に来て呉れていたことを思い出す。注射の内服液瓶の紙箱数箱などもプレゼントしてくれたりしたおじさんだ。

ある時、おじさんは、赤い表紙の本をもってきてくれた。「エミールと探偵たち」という本であった。インクの匂いとともにおじさん(お医者さん)は挿絵も見せてくれた。心地よい時間がゆっくりとどまったのは、いうまでもない。時は味方してくれたのだろうか。

⭐︎エミールと探偵たちの簡単なあらすじ⭐︎

ドイツのノイシュタットの母子家庭の少年エミール・ティッシュバイが主人公。エミールは休暇をつかってベルリンのおばあさんと従妹に会いに行くために汽車に乗ることになる。

ヘアサロンを持つ美容師でもある母さんは、おばあさんへの仕送りの為に、エミールに現金を預けるが、当のエミールは乗った汽車の中で居眠りしている間に、ボックスシートで相席になった男に金をすられてしまうことになり、まさに事件発生。

母さんから預かった大切なお金を盗られてしまったエミール。そこで地元の仲間から大統領のように仰がれている少年グスタフが登場する。

エミールに声をかけ、グスタフは仲間達と一緒に証拠を押さえて追跡の手助けを果たそうと積極的に乗り出すことになる展開。ついにベルリンの街を舞台に、少年たちが知恵をしぼって協力し、犯人をつかまえる大騒動がくりひろげられる。最後は犯人を追い詰め捉えて、見事一件落着となる物語り。

「エミールと探偵たち」のおじさんの楽しい読み聞かせては、ポイントのみのものだった。それを横で見ていたわたしの母が、この機にその全集の配本購読を決めることになった。たぶん父に意見を求めたと思うが、ほんとうのところは分からじまい。

今でも、ケストナーの「飛ぶ教室」やエルゾーグの「アンナプルナ登頂記」は思い出の本だが、やはり一番は「エミールと探偵たち」だ。天井の節目の模様だけを見ていた世界から、活字の面白さ、本を通してだけどもっと広い外の世界を知るきっかけになっていったのだから。

それもそうだが、「活字の面白さ」は今思うことで、いやいや当時は正直いってそんなものではなかった。あのとき一番惹かれたのは、この物語りに登場するエミール、グスタフと少年たちの勇ましい立ち振る舞いだった。追い詰めていく探偵たちの臨場感。わたしを揺すぶるドキドキ感。動くことのできない床で、わたしは物語りの少年たちと仲間として立ち向かっていたのだろう。繰り返し読み返し、物語りに息を合わせたくらいだった。

後の翻訳者である、池田香代子さんはこう述べている。

まっすぐな心だけをたよりに、いいことばかりではないどころか、腹が立ったり悲しかったりする世の中にひとりで立ち向かい、仲間を見つけ、正々堂々、問題を解決して目的を達成する、エーミールの物語です。
-エーリヒ ケストナー. エーミールと探偵たち (Japanese Edition) (Kindle の位置No.3562-3566). Kindle 版.

世に挿絵の本は子供向けが多い。そこから未だに抜け出せないわたし。あの高揚感はペニシリンと同じ位の衝撃だった。語りかけで来る本。一冊の本との出会い。時はわたしに味方してくれたのに違いない。

幼い頃の読書体験は今に及んでいて、「エーリヒ・ケストナー. エミールと探偵たち」の物語りの巧妙さ、読者への語りかけの絶妙さが今も本に対する基になっている。

で、悩みのタネの病気の方はどうなったかというと、中学に上がる頃まで続いたが、思春期になってぷつり収まったのだ。以来ペニシリンを受けずに今に至っている。

ではでは、 /e