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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

五目豆の昆布煮

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#soybean #boiledbeans

料理屋には入店して来客と帳場が通じたことのあいさつとして「お通し*1」という小鉢料理が出される。店によってお通しを代金にするところもあるので、注文もしてないし料金をとられるからと最近では返す客もいるそうだ。まあ、わかる気もするけど。ぼくなどはその店のその時々の趣向がわかって楽しいわけだけど。

そのお通しの中でもぼくは大豆の煮物が大好きだ。うちでは常備菜として絶やすことない。この常備菜は典座*2修行のぼくの担当だ。唐辛子を使うと日持ちがいい。でレシピ公開。

  • 大豆は新豆ではなく前年もの。
  • 水を一昼夜以上時間をかけて潤ばすとおいしく煮上がる。
  • 多めの昆布と人参、唐辛子少々。
  • 豆汁はすてない。
  • きょうは砂糖も少なめ、酒を多めの薄味。
  • 昆布から出たぬめりで味がふかくなる。

味も薄いものもよし炒るように濃いものよし。
この次の煮豆は汁気がなくなるまでの濃いものでいこう。

*1:つき出しともいう

*2:禅の精進料理ぽいもの

戦わないという戦い

健康で病気もしないなら、からだのしくみなどは考えずに過ごしていたと思う。
平和で穏やかな日々を支えていたものが、実はからだの免疫細胞の絶え間ない戦いがあったからだという思いにはなかなか至らない。

がしかし、ぼくらの意志や志向に関わらず、からだの中では病癖につながる遺伝子異常やからだの中に侵入してきたウィルスや細菌などの危険な異物に対して免疫システムというからだのネットワークの強い恵沢にぼくらは今もいつもつねに浴しているわけである。

そういう訳で、お人好しのぼくの体に発症したがん細胞を限局まで抑えていたのは、怯まないからだの細胞たちのおかげだった。
IMRT (強度変調放射線治療)という放射線治療は終了し確かなものだったし、それに伴う薬物療法も現在進行形だが、やはりからだそのもにある強い治癒力の果たす働きは大きかった。生き延びた平凡とは現代医療と生命を保持する免疫細胞群の非凡な果敢な戦いの勝利だったとも言えるのではないか。

まさに生命の強さに震撼したこの一年だった。闘病という言葉の輪郭とその戦いの内容と意味が自分としてやっと理解でき納得できるようになった。

からだの細胞たちが戦っている。がん細胞を殲滅することが目的ではない。適正な薬の投与でなければ体の戦いのダメージはあまりにも大きい。QOLとADL(生きていく質と日常動作)を考慮すべきである。戦わずして生き抜き勝つことにこそ意味がある。戦わない戦いをぼくはこれからも続けようと思う。まだ予断を許さない状態である。あと10ヶ月薬物療法は続く。薬の副作用も思った以上に辛い。

「相手を制するのは先ずは自分に勝つ者だ」という言葉を記しておこう。

100年目の風景

▪️ハルさんのこと

この世の支配者は「時」であって、(きみが)王であれ奴隷であれ、時がきみの命を吹き消すとき、あらゆる苦しみと喜びは夢のように、あるいは水のように消えてゆく。だから、王であれ奴隷であれ、良い思い出を遺す人こそ幸福なのだ。-フェルドゥーシィー

寝たっきりで眼の不自由なハルさんが僕のいるホーム(特養)にきたのは一年前。
一日の始まりは朝の挨拶。ハルさんおはよう、気分はどう? いいよ、上々。どうしてそういつも言い切るのか。この前もちょっとしたことで大腿部の骨折をしたというのに、なぜそう言えるのか。
カーテンを開けると青空。朝日が注ぐ。天気が良くてねと言うと、有難いとハルさんは答える。その言葉に空の青さが深まる。

日々の眺め、自分がそのなかで育てられた風景。経験や記憶も其のなかにある。記憶はつくられ続けるものだから、僕らの一人一人にとって歴史は風景そのものというのなら、それを作り上げたのも僕らなのである。

ハルさんは明らかに今の秋の風景の中にいる、そして寝たっきりの時のなかで秋の風景を作り上げている。そのハルさんは明後日で100歳になる。

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