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“だれ一人自分のためにだけ生きる人はいない”

海辺

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久しぶりに生田緑地をあるいてみた。桜の花はもう散っていた。小高い丘を登ってもなぜか海辺を感じる。海に行って一週間が立つが、海と山どういうつながりなのか分からない。
 
海辺に打ち寄せる波と大空。時間と空間。
 そうだ、これからの僕には、「ゆっくり」と速度を落とすという時間の余裕よりむしろ「ゆったり」とした空間の余裕が必要だ。
 
加齢とは、生命のはじめからおわりの全生涯の変化をいうが、老化は成長のピーク後の退行期の変化を指す。エリクソンの発達段階説の65歳以降は、発達課題として統合感の獲得の時期であるが、同時に認知症が生じるデリケートなプロセスである。
成長とは一般に発達における外面的量的に増大する変化を指す。しかし、それだけではない。それには内面的な価値と意味を豊かにする質という大きな要素がある。統合感には、自分らしさという量より質を必要とされるからだ。
 
時間や空間は共に「間」という数値で表すことできる。しかし、「ゆったり」という広さの「間」の数量は質に及ぼす効果がある。量に対する省エネの余力が質を高めることになると思われる。もうそろそろ僕にとってはゆったりとしたことが必要な時期に差しかかっているのだ。
 
風が強い。風は大気空間における気圧の高低の差で生まれる。やはり、海という自然はいい。素直に自分を整えてくれる。また時間を見つけて行こうと思う。

道具を使いつづける

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もの作りや料理をすると脳に良い*1そうだ。昔、僕はものづくりを生業としていたし今も料理はよく作る。だとすると、その篠原説はただしいのか?

もの作りとくれば道具。道具を使うには「素材を知る」のが要。さらに、道具というものは使い続けて使いこなし自分の手先になってこそ道具の価値がでる。新品のように戻すことではないと教わった。高くて良い新品の道具をただ大事に持っていても意味がない。

人間も同じで、才能や技能も使ってこそ意味を持つ。ではほんとうに僕はあの教えを今も守っているだろうかと問うと怪しくなる。与えられたものをとことん使い熟しているだろうか?反省すること多々ある。

*1:脳科学者:篠原菊紀

菜の花のおひたしを作る

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先週、海を見たくて木下さん(http://www.kinoshitake.org/)の案内で逗子〜鎌倉に行った。
サブ目的は、インドカレーspice tree、小満ちとんかつ、もやい工藝(http://moyaikogei.jp/)。
逗子の海岸を眺めてCINEMA AMIGO(http://cinema-amigo.com/access.html)に立ち寄り、ぶらぶらと散歩。

農協連即売所によって気前のいいばーちゃんから菜の花をいっぱい分けてもらった。
帰宅してさっそく、その菜の花をおひたしにして、もやい工藝で購入した九州の小鹿田焼きの小皿に盛ってみた。

わが家の菜の花のおひたしレシピを公開。

  1. 菜の花を花と葉と茎に分けて水に浸す
  2. 鍋に湯を沸かして菜の花を湯通す(花と葉は早めに湯通し)
  3. 即座に冷水に入れて熱を取り団扇で冷ます
  4. 湯がいた煮汁はアクはなくうまいので捨てずにおく
  5. からし粉から練りからしをつくり
  6. 菜の花の煮汁の甘みで溶きのばし辛子水を作り
  7. 砂糖は使わず
  8. 昆布と鰹節のだしにみりんと酒と醤油の合わせて辛子水を加え後少し煮る
  9. 熱を冷まし
  10. 菜の花にガーゼを覆い浸し汁を注ぎ入れる
    調味料の量は適宜調整