Emmausブログ

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

ちょっとした然り気ないプロデュース(青柚子蕪)

五月の新緑とともに早くも青柚子が店に出回り始めた。 柚子胡椒ではなく、春の蕪を使った柚子蕪を作る。季節の彩りを食卓に。 調理と料理の違いってなんだろう? 食材を切り煮たり焼いたりする技が調理で、一方、食の技術を含めた食のプロデュースまでの守備…

新明解国語辞典第8版机上版購入

三省堂の新明解国語辞典の第8版机上版が出たというので、隣町まで行った折、本屋でじかに手にしたが、しっかりした製本に納得。購入した。 辞書は世に連れ、世は辞書に連れというかはわからない。 ともかく、時代や社会の変化とともに言葉も変化する。 三省…

昼前に何かちょっとひと口つまむのが好き

AA.ミルンのクマのプーさんは、昼前のちょっとした時間が好きだった。っていうか、昼前に何かちょっとひと口つまむのが好きなんだ。 emmaus.hatenablog.jp で、ぼくも昼前のちょっとした時間にJavaScriptでつまみ食いしてあそんだ。簡単な日数経過の計算式だ…

逞しくあれ 慎ましくあれ 健やかであれ

教えの意味ではなく 生き方でもない 人を咎めることではなく 敢えて人に伝えることでもない この手に受け止めようにも 水のようで その 水を両手でむすぶも こ ぼ れ お る 清冽で また温もりのある 終わりのないもの やはり言おう 自らのために 生きるため…

京の人より香菫の一束を贈り来しけるを -あるいは挑むこと-

桜の季節はとうに過ぎさり、その林床に咲く菫は見渡すと、いまだ日当たりのよい草地や道端の角に勢いよく咲いている。成長というより、ただそこに花が「在る」とう意味は大きい。 挑むことがないと成長はない。若い頃とある大学祭のテーマに「挑戦は徒労か?…

名づけられたもの

「ー」「呼ばれています」「イエズス・キリストへ」合唱「水のいのち」などの歌を作詞をした詩人高野喜久雄氏の言葉です。 名づけられたものはつねに結ばれつつそれぞれの名を超えようとします。「結ぶ」ことは「共に・生まれる」こと、聖なるものに向かって…

静けさという新しい選択

新しいものに輝きを感じる時 四月に入り職場に介護職の新人がやってきた。ピカピカして輝いている。僕の孫くらいの歳だ。若いっていい。志をつらぬいてほしい。 舊いものに輝きを感じる時 道具は使いなれた馴染みのものがいい。だが何は廃れる。お決まりの原…

黒豆日和・余熱

火をつかう調理には、煮る、茹でる、焼く、炙る、揚げる、炒める、蒸す、燻すという方法がある。 さて、煮豆。黒豆は正月にかぎらず、良くつくる。気分が良いから作るのか、黒豆を作ると気分が良いのか、どっちだろう。材料の豆はできればいいものがあればい…

祝日なのに最良と思っても最悪のことをやりかねない

今自分のやっていることが果たして良いのか悪いのか思案することがある。最良と思っても最悪のことをやりかねないのがわれわれ人間なのだ。その自覚があるのか承知しておかねばならない。 ユマニストの渡辺一夫はかつて「人間は兎角『天使になろうとして豚に…

ユリ根と明太子

もう2月の半ばだが、ユリ根が八百屋にあった。ふるさとの辛子明太子があったので、和えてみた。いい組み合わせだ。 その料理は、母が好んで作っていたものだった。むろん、それは父の好みだったからだろう。母が逝き父が逝って20年。今になって合点が行った。

季節はずれの青柚子を剥く

この時期の柚子は皮は黄色く熟したものばかりだが、青い柚子が店頭にあった。めずらしさの余り購入。 さっそく、慣例?の柚子の皮剥きイベント! 途中切れ落ちることなく、一枚の薄皮剥きに見事に成功。 何か良いことがありそうだ。 それで、柚子蕪の甘酢漬…

冬の旬の小松菜サラダ

遠くにある鈍い光りより、身近な旬のキラリとしたものに気持ちがむく。 軸が柔らかく緑が際立つ瑞々しい小松菜を見つけた。 冬の旬の野菜サラダを作ろう。 先ずは下準備。 深さのある瓶に水をいれ、一枚一枚軸から剥がした小松菜をしばらく活けて置く。束の…

落ち着いた寛容なるカレースープメソッド

春夏秋冬、季節ごとにカレーがある。あるあるレシピ。で、冬は刺激のないからだが温まるものが好ましい。たとえば、里芋や蕪などの根菜類いっぱいのカレースープ。 やはりカレーはスパイスが決め手だ。繊細の反対は粗暴だが大胆に。速いの反対はゆっくりだけ…

思いがけない贈り物のような美しさの話

時は流れ、あるものは滅び、またあるものは剥がれ崩れ落ちる。ものは朽ちるが、刻まれた名は残る。 わたしの祖父は、「美」という文字について、広大なところに羊たちが佇む風景を表していると、その意味深さを称したそうである。これは、父を経て母から聞い…

春の蕪は冬ほど甘みがないが...

春の蕪は冬ほど甘みがないが柔らかい食感を楽しめる。 剥いた皮を使って即席漬けを作ってみた。 青柚子も出回りだした。 柚子蕪の方は甘酢でつける。家の定番だ。これは、いつも調理担当は僕になっている。

Rinascerò rinascerai 私は生まれ変わる あなたは生まれ変わる

コロナウィルスで、世界で尊い命がうばわれ続けている。一人ひとりのいのち。 それだけではなく、今生きているわたしたちも生活行動に仕事に多くの制限がかけられている。甚大な被害が及んでる。この影響は深刻だ。 さまざまなことが今、わたしたちに問いか…

白菜ロース

もう二月の終わりになると白菜の旬を過ぎてるが、なんとかまだその盛時の良さを味わえる。 それで、あの吉本隆明家の定番の「白菜ロース鍋」が今晩のメニュー。薬味は玉ねぎの擦り下ろし。鍋に白菜を重ねて、豚のロースを乗せて火が通るまでしばらく待つ。頃…

ジャン=エフラム・バウゼ

ドビュッシーの子供の領分の 「ゴリウォグのケーキウォーク」を最近、頓に良く聴く。 演奏家は引く手数多。 ピーター・ケイティン モーリーン・ヴォルク ペーター・レーゼン ヴァルター・ギーゼキング アルフレド・コルトー アルトゥーロ・ベネデッティ・ミ…

何もないところに変化は起きない -記憶のあやとり-

記憶を辿ろうにも以前のことが思い出せない。年とともに記憶が薄れて来たのだ。通常、認知症は短期記憶が衰え長期記憶は大丈夫なのだが。 記憶が薄れるなかでも、この時われわれはおのれの可能性を見出そうとする。年老いてもなお、それはけっして自分にたい…

でっかい優しさに会ってきた

でっかくてゆたかなものに会ってきた。懐の深い優しさってこんなもの。河井寛次郎。「仕事が仕事をしてゐます」。おおきいな。ぽかぽかあったまった。 僕の70歳のお祝いに小旅行に行ってきた。名所旧跡回りもせずにのんびりとしようて思ったが、せっかく京都…

棟方志功の「絵日記」の夢

けさ方、夢をみた。温泉場にいた。澄んだ乾いた青空に湯気が立ち昇っていて、草むらの傍には棟方志功の水彩で描いた絵日記があった。サイズはA3くらい、表紙がふるっていて、綴じてある紫紺の衣糸が鮮やかだった。 ぱらぱらと風が頁を捲る。生き生きと躍るよ…

有田・西山のコーヒーカップ

何気なく棚から取り出したコーヒーカップ。もう四十数年の歳月が経っている。江戸川の平井の時代、よくかよった可否茶舗 儚夢亭。その店主Mさんがぼくの転任祝いに譲ってくれた有田西山の小ぶりなコーヒーカップ。まだ宝飾の仕事をやってた頃で、その腕が半…

フェイスブックを離陸してから

"); document.write(count2); document.write("日"); document.write("が経過しました。"); //--> クマのプーさんは、昼前のちょっとした時間が好きだ。というか、昼前に何かちょっとひと口つまむのが好きなんだ。 JavaScriptで遊ぶのも昼前のちょっとした時…

プー!もうすぐ11時。

window.alert('「プー!もうすぐ十一時だ。ちょうどうまく何かちょっとひと口つまむ時間にきたんだよ。」') クマのプーさんは、昼前のちょっとした時間が好きだ。JavaScriptで遊ぶのも昼前が好き。

ホット・ソイココアで「虔十公園林」

世界は堅い。私たちはその堅いものを噛まねばならない。現実は確かにそのように思う。しかし、その世界に対して強い力だけに支えられて私たちは生きてないようです。実際はそうではないものによって支えられていることが少なからずあります。たとえば昨日、…

虚室に白を生ず -想像をこえて-

先ごろの台風の爪痕は凄まじいもので、通常の想像をはるかにこえていた。昨日近くの多摩川の河川敷を歩いたが河川敷の土が50メートルにも流水で深く抉られていたを目のあたりにした。だが、もう流木もすっかり片付けられ川岸には子供たちののどかで明るい声…

ストレスのある局面 柔らかな感性

このところ、テニスUSオープンをTV観戦している。スポーツは勝つか負けるかの結果がはっきりしている。人間の行う社会行動の情動に主眼を置いても、戦いを見るという意味では大変興味深い。だが、やはりスポーツと戦争は違う。さらに、幸いと喜びは同じとこ…

えんどう豆のさやを剥きながら

梅雨にしては晴れ間が続いている。友人らと音楽の話しをしていた。どういう話の流れだっただろうか、「人生の最後に聴きたい曲は何か」という話題に行き着いた。人生の最後という言葉が日常を超えたフレームとして際立っていたが、居合わせたものはそれぞれ…

これもありだね 音楽ののりしろ

三日前の夜だったか、ふとiTunesコントロールを開いて、シャッフル・オンにし、リピートをすべてにした。シャッフルだから普段は聴かない曲がながれてきたが、しかし、これらはかつて一つひとつ自分がダウンロードした曲だ。謂わば、偶然は必然の結果だとい…

イクラと雲丹とモーツァルト

手をついて見よとや露の石ぼとけ (安東次男) 音と音楽の追想 河岸を歩いてみた。水が少ない。とどこおることない川瀬の渇く音。その音が遠く対岸を過ぎ行く車の音に重なる。 道が河岸から逸れたので草叢に入る。一歩ごと草をかき分ける音がかえって静けさ…