Emmausブログ

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

ぼくの密かなカレー時間

今日はカレーのお話。「ガラムマサラ」はすでに国語辞典にも載っています。ですから、この国に立派に定着している言葉です。 新明解国語辞典 ガラム マサラ④ 〔ヒンディー garam masala=辛い混ぜたもの〕 インド料理に使用するチョウジ・カルダモン・シナモ…

モレスキンのカードケース

手持ちのカードが徐々ふえて整理ができないので、文房具コーナーをのぞいたら、紙の風合いがよかったので購入。モレスキンのカードケース。蛇腹が二重になって襠に余裕があって、使いやすそう。

夏の釣り人

一竿や描く円弧に空の青

夏が来た

巻雲がきれい。 細やかなつやのある白い絹のよう。 ふと思って、有田の器を出してみた。初めて自分で買った記念の器だ。涼しげ。朝起き抜けに散歩をしていると、畑の奥から朝採りの鋏の音が聞こえた。静けさに響き、いい感じ。 朝未だき切りゆく音や茄子畑 …

足りないものは何?

まったくね。何かが足りない。なんだろう。 水 補水はOK 余裕 ではない 休息 ではない 決断 違う お金 いまさら ちがう 「ヲ」の書き順?かな いや違う足りないのではなく それ正しいか間違いか ではない 笑い でも違う 自分。おおおお。かも。 自分がない。…

「緑」さんが「青」さんをいつまでも頼みにしている理由

今日の話は、どうして緑を青というのかというお話です。 若い頃「青梅 マラソン」にでたことがありました。普段よく使う食材に「青柚子」、「青唐菓子」があります。青菜も好きだし、 梅雨明けの街路樹には青桐があって、好きな器は青磁。 万葉のころには「…

「水窪じゃがた」くん、いらっしゃい

水窪に住む友人Fさんから、今年も「水窪じゃがた」くんが我が家にがつきました。 お薦めレシピが添えられています。でも、ちょうど夏休みの子供の自由課題のように、今回は「水窪じゃがた」マイレシピを考えてみました。 その前に、「夏休みの自由研究」とは…

たどり着いた静けさ

世の中には、生きていく上での術(すべ)を熟知している人がいる。知るというより、むしろ術(すべ)を身につけたというように思われる人である。 ある時、人生の大先輩の方とお茶をご一緒する機会があった。大正生まれであった。特別なお話を聞いたのでも、…

内臓の感受性が鈍くては世界は感知できない -私たちの行動は内臓の声に突き動かされる-

今日の話は「太かったり、染みたり、命じたり、冷やしたり、潰したり、抜かしたりするものなーんだ」というお話☺️ ですが、言葉遊びではありません。興味深い「こころ」のお話です。 <こころ>とわたしたちが呼んでいるものは内臓のうごきとむすびついたある…

森のなかで走ったこと思ったこと

今日の話しは わたしが、やってるのはトレイルランの延長ではなかった。わたしには自分が山野を駆け巡る修験者だという自覚はなかった。 という驚くべきお話。 -- 自分をじっくり見つめるには、静かな時間と場所が必要だった。建て前と本音ではなく、本音の…

ウビ・カリタスと直太朗の《夏の終わり》

「い・つ・く・し・みって何?」と子どもから訊かれたら、どう答えますか?かつて、ザビエルがキリスト教を日本で宣教をはじめた折、「愛」ということが日本人に受け入れられ難いため、ザビエルは「愛」ということを「大切にすること、大事にすること」とし…

なぜこんなに今でも子どもの本を読むのが楽しいのか

本を読む楽しさを知ったのは、いつの頃からだったのだろう。 幼い頃から体が弱く、丹毒という病気によく罹患していた。高熱で布団のなかで安静にしている時間が多かった。熱が少し収まると、天井の木材の節の模様を許す限り眺めていた。 定期的に往診に来る…

か弱さとの関わり

ある時期まで私は強さでもって弱さを支えてきたように思う。 実は、それに対応できる弱さへの理解と安心の対応が何より優先であることを実感するシビアな出来事があった。 弱さを支えるには強さだけでは通用しないという明解な自覚が足りなかった。 強さ一辺…

ハルさんが遺したもの

emmaus.hatenablog.jp ハルさんが遠くに旅だって二年。よくハルさんのことを思い出す。目が不自由で寝たっきりだったが、いつも変わらぬハルさんの和やかさ。ハルさんは多くを語らない方だった。何を話したとか何を伝えたということより、表すことのできない…

カレーという名がつけば何でもござれ

根っからのカレー好きである。カレーという名がつけば何でもござれ。菓子パンから立ち食いそばのカレー南蛮まで。マハラジャ気分のインドパキスタンの専門料理もいい。でも飽きのこないのはやはり、家庭料理。 元来、食べるより作るのが好き。 emmaus.hatena…

たまにある本との出会い

ふとしたことで、ディネセンの「アフリカの日々」を読んでいます。偶然とは言え、何かの巡り合わせと、素直に本との出会いにうれしくなりました。ラッキー! 翻訳は横山貞子さん。 アフリカの日々 (河出文庫)作者:イサク・ディネセン河出書房新社Amazon 冬の…

ケアと心

わたしは介護の仕事に就いて15年、介護福祉士の資格をとったのが10年前、遅咲きのスタートでした。精神病棟から特養と。そのなかで、少しづづ、 だんだん分かって来たことがあります。 ケアにおいては、 気持ちというのが、 ただあるという【静的】なもので…

iMoveiでフォトビデオをつくってみました

川の近くに住んでいて、よく川岸をふだんから歩きます。以前は走っていました。フルマラソンもやっていました。 その時々撮りたい思ったものをただ撮ってきました。いろんなものがあります。 気づくと、やはり川や水をよく写しています。今まであまり意識し…

夢に不要不急はない

街を歩こう 目的のない街歩き 気持ちが開く ふさわしい季節は五月だ 街を歩くゆえに街あり 人は歩くゆえに人なり ワクワクする めずらしく おもしろいものに出会う そんな夢を見た 夢に不要不急はない 夢に偽りはない

ドクダミと青紅葉

今年の五月は、薫風を感じることが少なかった。暗がりの林床にはドクダミが白い花をつけ、雨雲の間から少し日が差しこんでいて青紅葉のコントラストが色鮮やか。 湿度は高いのに肌寒い。奇妙な天気。もうこれは梅雨入りだ。 ところで、夢には偽りがないとい…

ちょっとした然り気ないプロデュース(青柚子蕪)

五月の新緑とともに早くも青柚子が店に出回り始めた。 柚子胡椒ではなく、春の蕪を使った柚子蕪を作る。季節の彩りを食卓に。 調理と料理の違いってなんだろう? 食材を切り煮たり焼いたりする技が調理で、一方、食の技術を含めた食のプロデュースまでの守備…

新明解国語辞典第8版机上版購入

三省堂の新明解国語辞典の第8版机上版が出たというので、隣町まで行った折、本屋でじかに手にしたが、しっかりした製本に納得。購入した。 辞書は世に連れ、世は辞書に連れというかはわからない。 ともかく、時代や社会の変化とともに言葉は変化する。 三省…

昼前に何かちょっとひと口つまむのが好き

AA.ミルンのクマのプーさんは、昼前のちょっとした時間が好きだった。っていうか、昼前に何かちょっとひと口つまむのが好きなんだ。 emmaus.hatenablog.jp で、ぼくも昼前のちょっとした時間にJavaScriptでつまみ食いしてあそんだ。簡単な日数経過の計算式だ…

逞しくあれ 慎ましくあれ 健やかであれ

教えの意味ではなく 生き方でもない 人を咎めることではなく 敢えて人に伝えることでもない この手に受け止めようにも 水のようで その 水を両手でむすぶも こ ぼ れ お ち る 清冽で また温もりのある 終わりのないもの やはり言おう 自らのために 生きるた…

京の人より香菫の一束を贈り来しけるを -あるいは挑むこと-

桜の季節はとうに過ぎさり、その林床に咲く菫は見渡すと、いまだ日当たりのよい草地や道端の角に勢いよく咲いている。成長というより、ただそこに花が「在る」とう意味は大きい。 挑むことがないと成長はない。若い頃とある大学祭のテーマに「挑戦は徒労か?…

名づけられたもの

「ー」「呼ばれています」「イエズス・キリストへ」合唱「水のいのち」などの歌を作詞をした詩人高野喜久雄氏の言葉です。 名づけられたものはつねに結ばれつつそれぞれの名を超えようとします。「結ぶ」ことは「共に・生まれる」こと、聖なるものに向かって…

静けさという新しい選択

新しいものに輝きを感じる時 四月に入り職場に介護職の新人がやってきた。ピカピカして輝いている。僕の孫くらいの歳だ。若いっていい。志をつらぬいてほしい。 舊いものに輝きを感じる時 道具は使いなれた馴染みのものがいい。だが何は廃れる。お決まりの原…

黒豆日和・余熱

火をつかう調理には、煮る、茹でる、焼く、炙る、揚げる、炒める、蒸す、燻すという方法がある。 さて、煮豆。黒豆は正月にかぎらず、良くつくる。気分が良いから作るのか、黒豆を作ると気分が良いのか、どっちだろう。材料の豆はできればいいものがあればい…

祝日なのに最良と思っても最悪のことをやりかねない

今自分のやっていることが果たして良いのか悪いのか思案することがある。最良と思っても最悪のことをやりかねないのがわれわれ人間なのだ。その自覚があるのか承知しておかねばならない。 ユマニストの渡辺一夫はかつて「人間は兎角『天使になろうとして豚に…

ユリ根と明太子

もう2月の半ばだが、ユリ根が八百屋にあった。ふるさとの辛子明太子があったので、和えてみた。いい組み合わせだ。 その料理は、母が好んで作っていたものだった。むろん、それは父の好みだったからだろう。母が逝き父が逝って20年。今になって合点が行った。