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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

入間川

荒川水系の一つに入間川がある。上流は名栗川で有間山を源としているが水量は細くつまらない。それが飯能あたりでかなり湧き水を蓄えるので丘陵と相まって入間周辺の里山はいつも緑豊かで長閑である。伏せ水自体は地図からは窺い知れぬことだから、その地に行ってみてキラキラとした豊かな水の量に出合って「ほんまもん」という<実在>感覚にいたく感嘆した。やはり実際に行ってみることだ。川に歴史ありといってもそれはとりもなおさず人の歴史、治水の変遷の歴史である。豊かなその水源はそれもそのはず江戸の寛永の頃まで入間川は単独で隅田川の流路とされていたのも納得できる訳だ。

この川は川越あたりで奥秩父からの荒川本流に合流することになるが、その入間川流域から夏には望めなかったものが、立冬を過ぎた辺りからは漸く正面に奥多摩の大岳などのいい眺望として楽しめる。風景といえば「となりのトトロ」の風景世界というものがあってこれは想像のものではないが、そのモチーフの狭山丘陵にそれをもとめるのはもう少ないのではないか。寧ろここの武蔵丘陵の毛呂から仏子あたりの方が、嘗ての小手指などよりも一層武蔵野の風情を思わせるのではないか。そんなことを思いながら東京近郊に2路線しかないJR非電化路線の一つである八高線でコトコトと列車に揺られて何だかトクした気分にもなったことがあった。別段レトロの趣味があるわけでもないから、あれは一体何の用事の時だったろうか?まだ父も母も生きていた頃だったかも知れない。今いろいろと思い出してみたが、何だったかその用件が思い当たらない。