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“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

遠くから近くから

世界の集落調査

建築家である原広司には部分が全体を超える1という強い確信があるようだ。そのライフワークである世界の集落調査をとおして受けた空間デザインに関する教えには教条的なものがないので、受け手のぼくらは建築という専門分野をこえて既成の枠にとらわれない自由にすんなり目覚めことになる。

遠くからは、辺りに溶け込む姿をもて。
近くからは、辺りから際立つ姿をもて。
原広司 集落の教え 100 [71] p148

集落は、その立地する場所にある素材が使われているので、もともと辺りの景観と同化する。したがってその遠景は、意図せずとも調和的である。しかし、サントリニ島2のように、集落をもって自然の風景を再構築しようと意図してつくられた集落も少なくはない。地形上の特異点を活用しようとする集落は、おおむねこのカテゴリーに属する。この意図の所在は、おそらく建築の初源に遡ることができ、人間がそれによって生きている世界を確認するための<世界風景>のひとつの構築の意志であって、人間やその集団の存在そのものとほどんど同義であると考えられる。

  • 遠くにおいて融合するもの fused
  • 近くにおいて際立つもの conspicuous

コンラート・ユングヘーネル Konrad Junghänel

1953年、ドイツ生まれのリュート奏者。ミヒャエル・シェーファーについてリュートを学ぶ。16~18世紀のリュート作品の演奏に力を入れており、現代最高の>リュート奏者の一人として絶賛されている。独奏者としても活躍しているが、ムジカ・アンティクヮ・ケルン、クイケン・アンサンブルなどの古楽アンサンブルと>の共演も高く評価されている。1978年から、ケルン音楽院で教鞭をとっており、1987年には声楽アンサンブル“カントゥス・ケルン”を組織した。バロック時代の>知られざる声楽曲も含めて積極的に紹介しており、CD化されたシャイン、アルベルト、ローゼンミュラーなどの演奏は、注目を集めている。 (2012/08/30更新) (音楽出版社)

コンラート・ユングヘーネルも音楽において世界を再構築しようしたのだろう。 カントゥス・ケルン”を組織し、バロック時代の知られざる声楽曲を取り扱いそのアンサンブルに活かし切りる音楽景観はサントリニ島の景観を彷彿させるところがあるとぼくは想像の翼を広げてみる。

これは「人間がそれによって生きている世界を確認するための<世界風景>のひとつの音楽の意志」とさえ思えてくるのだ。