emmaus.hatenablog.jp

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

 現実

やはりつながれていること - Emmaus’はこの現実においてしかあり得ないのだ それもその水の流れの勢いも速さもボクらを超越した世界が何よりボクら自身の意識のもとに立ち現れるということにおいてこそ意味をもつ たとえそれが仮想というものから次に実在のものとのズレがあったとしても感覚質の意識体験(クオリア)は ボクらの脳内の感覚野やシナプスへの刺激とも違った領域にあるのかもしれないとしても だが佳く見ると このことは単に孤島したそれぞれの感覚質がそれぞれに 無言の夜のしじま(静寂)にさらに自らの孤独を確認していく旅程ではないのだろうか 人はあくまでも感覚質が導くものとして 更に意識(心)の方向を絶えず自らの内にもっているのと思われる(心において志向性がまったくクオリアとは異種とは思えない)