Emmausブログ

人は見ね/人こそ知らね/ありなしの/われは匂ひぞ/風のもて来し

心通じあうこと

人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)

ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。理由は大地が人間に抵抗するがためだ。人間というのは、障害物に対して戦う場合に、はじめて実力を発揮するものなのだ。もっとも障害物を征服するには、人間に、道具が必要だ。人間には、鉋(かんな)が必要だったり、鋤(すき)が必要だったりする。農夫は、耕作しているあいだに、いつかすこしづつ自然の秘密を探っている結果になるのだが、こうして引き出されたものであればこそ、はじめてその真実その本然が、世界共通のものたりうるわけだ。これと同じように、定期航空の道具、飛行機が人間を昔からのあらゆる未解決問題の解決に参加させる結果になる。

ぼくは、アルゼンチンにおける自分の最初の夜間飛行の晩の景観を、いま目のあたりにみる心地がする。それは、星かげのように、平野のそこここに、ともしびばかりが輝く暗夜だった。

あのともしびの一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇蹟が存在することを示していた。あの一軒では、読書したり、思索したり、うち明け話をしたり、この一軒では、空間の計測を試みたり、アンドロメダの星雲に関する計算に没頭したりしているかもしれなかった。また、かしこの家で、人を愛しているかもしれなかった。それぞれの糧を求めて、それらのともしびは、山野のあいだ、ぽつりぽつりと光っていた。中には、詩人の、教師の、大工さんのともしびと思(おぼ)しいいともつつましやかなのも認められた。しかしまた他方、これらの生きた星々のあいだにまじって、閉ざされた窓々、消えた星々、眠る人々がなんとおびただしく存在することだろう・・・・・。

努めなければならないのは、自分を完成することだ試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびと心を通じあうことだ

サン=テグジュペリ「人間の土地」から 堀内大學 訳