Emmausブログ

“だれ一人自分のためにだけ生きている人はいない”

静けさという新しい選択

新しいものに輝きを感じる時

四月に入り職場に介護職の新人がやってきた。ピカピカして輝いている。僕の孫くらいの歳だ。若いっていい。志をつらぬいてほしい。

舊いものに輝きを感じる時

道具は使いなれた馴染みのものがいい。だが何は廃れる。お決まりの原理原則の常套句。だがそれはほんとうだろうか。

今からもう40年前に購入したLPプレイヤーは今も健在だ。光ディスク規格としてレコードに代わり音楽を記録するため、ソニーとフィリップスが共同開発したCDが現れて、徐々にLPは幕を閉じることになっていった。すべてはデジタルというものに席巻されたかのようにみえた。一体なにがそうしたのだろう。便利さと簡便さ。 音の再生よりも音楽の再現の質はLPが上だというのに。


舊いものが輝きを増す時

だが、時代はまた変わってゆく。音楽配信サービスの普及に伴い、CDの売り上げは減少し、2020年上半期の米国でのCDの売り上げはレコードの売り上げを下回ったのだ。あれほど全盛を誇ったCDが衰退することになるとは。イズムというのは何だろう。 主張・考えや行動の指針というものは、ある勢いで志向する。その目的なる根拠はあるようで無いに等しい。この40年は、今日の日これを書くためにあったのだろう。静けさという新しい選択を楽しむために。

所有から利用する時に

今の時代は、物を持つのではなく、物を持たず使用する時代となったようだ。月極めで利用する時代。車も駐車場も家もシェアーする時代となり、産業用IoTも「サブスク」で利用する時代に。共有という名で、。とても静けさという新しい選択とは思えないのだが。さてこの先何がどうなるのだろう。